春日部出身・在住のラッパー崇勲さん、TKda黒ぶちさんにラッパーとしての活動、地元愛などについて聞いた。
(左から)崇勲さん、TKda黒ぶちさん
「崇勲(すうくん)」テレビのMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」への出演。「KING OF KINGS」初代チャンピオンなど、数々のMCバトルでの大会で好成績を残す。アルバム2枚をリリース。
「TKda黒ぶち」テレビのMCバトル番組「フリースタイルダンジョン」への出演、「Timeless Edition Rec.」の代表。ヒップホップ専門のラジオ局のパーソナリティーも務める。アルバム3枚、ミニアルバム1枚をリリース。
―――お2人は春日部出身ですが、どのような子どもだったのですか?
崇勲 合併する前の庄和町出身です。桜川小学校、葛飾中学校卒業です。明るい小学生で、野球少年でしたね。足は速かったです。小学校代表になるくらいでした。中学生の時は、遊ぶといえば、まちをブラブラしていましたね。
―――春日部のまちをブラブラ、ですか?
崇勲 春日部西口のゲームセンターとかで遊んでいました。
TK 僕は粕壁小学校、大沼中学校卒業で、僕も野球少年でした。
―――お2人共野球少年だったのですね!TKda黒ぶちさんは、どの辺りで遊んでいたのですか?
TK 僕は、春日部のシティーボーイだったので。自然と戯れるというよりも、春日部市の中でもコンクリートに囲まれたところにいて、遊んでいましたね。
―――(笑)。
崇勲 僕も周りは住宅街だったので、シティーボーイですね。
―――(笑)。春日部のまちが遊び場だったのですね?
TK まちが遊び場でした。ニチイとかサティとかイトーヨカドーですね。屋上でトランポリンをしたり、試食したりとかしていました。駄菓子屋さんとか、ロビンソン通りとか、古着屋さんとかも行っていました。
―――試食…、やんちゃな少年だったんですね(笑)。今は無い店など、懐かしい春日部の風景を思い出しました。お2人がラッパーになったきっかけは何でしょう?
崇勲 友達に誘われてラッパーになった感じですね。ラップではリリック(歌詞)が重要な要素なんですが、子どものころから作文は好きでしたね。
―――作文が好きなことが、ラップにつながったのですね。
崇勲 賞とかは取ったことはありませんが、友達の感想文も書いてあげたりしていて、自分の分も含めて褒められたことはあります。
―――友達の感想文も(笑)。それほど好きだったのですね。
崇勲 中学校までは明るかったのですが、思春期になった時くらいから一気に人見知りになってしまって。いわゆる内弁慶ですね。今になって考えると、ヒップホップは感情を表現するツールだったと思います。
TK 僕はフラフラしていて、勉強も得意ではなかった。ラップが好きになって、ラップばかり聴いていました。崇勲のように文才があったわけでもないし、表現することもうまくできなかったけど、ラップしてみたら「できた」みたいな感じです。人に教えてもらいつつ、初めは遊びだったのですが、大失恋があって、それをきっかけに本気でステージに上がりたいと思うようになりました。
―――自分の思いをうまく表現することができたのですね。今は全国のステージに出演されていたりしますが、なぜ春日部に拠点を置いているのですか?
TK 東京に住むメリットをあまり感じないですね。そんなに遠くはないし。移動中にできることもあるし、家賃高いし。
―――確かに(笑)。
TK 後は、友達がいるまちだからです。
崇勲 同じですね。東京のノリがあまり合わないです。春日部にはおおらかな人が多いと思います。東京に行って帰ってくると、すごく安心するんです。東京に泊まるとかもあまりないですね。帰ってきてリセットしたい。
―――仕事で遅くなっても帰ってくるのですか?
崇勲 帰りたいですね。
TK 僕は泊まる派です。地方とかに行っても、春日部に帰ってくると故郷だなあと思います。ほかのところに泊まって戻ってくると、落着き度が増します。
―――なるほど!
TK ニューヨークで1カ月以上過ごしたこともありましたが、それ以外はずっと春日部に住んでいます。
崇勲 僕は春日部から出ようと思ったことはないですね。
―――お2人から春日部愛を感じます。お2人とも春日部について歌っている曲がありますね。
崇勲 何曲かありますね。「WAYBACK」とか。
TK 僕も地元の歌をいつか作りたいと思っていて。5月30日にリリースした3rdアルバム「Don’t Let the Dream Die」の中にある「Welcome home」という曲を作りました。アルバムの曲の中で一番自然体で作ることができた曲です。
―――「Welcome home」では、崇勲さんと共演していますよね。
崇勲 「このまちでよかった」という締めくくりを先に決めて、悩むことなく自分の部分のリリックを書きました。
TK 僕は構成を決めるまで悩みましたが、決まってからはスパーンと書きましたね。
崇勲 「夜の東京から帰ってきて、次の日、春日部でパーティーだ」というイメージです。
―――曲の中で、市内のある飲食店のチャーハンがおいしいと、崇勲さんが歌っていますね。
TK そうなんです。実はこの曲には面白い話があって。お互い別々に歌詞を書いていたのですが、僕は別の店のチャーハンがおいしいって書いていたんですよ。崇勲が別の店のチャーハンについて書いていると知らなくて。
―――偶然チャーハンかぶり!(笑)
TK でも僕の方の店の名前はフレーズ的に収まりにくかったので、他の歌詞に変えたんです。でもレコーディングで崇勲が別の店のチャーハンについて書いてきてて。リンクしていましたね(笑)。どちらの店もお互い超常連なんです。自分が死ぬ日にはここのチャーハン食べたいなと。
―――それくらい好きな店なのですね。地元に好きな店があるっていいですよね。
TK 春日部は、「肌に合うまち」って感じです。ビートメーカーの友人の言葉なんですが、「確かに」と思いましたね。大人になって実感しました。
―――ほかのまちに行ってみたり、住んでみたりして分かるようになることがありますよね。2018年あたりから、お2人を含めて春日部でヒップホップのイベントを開いていますね。
TK 「カスカベーション」っていうイベントです。地元でパーティーを開くって感じで。2008年以来、10年ぶりくらいに春日部でイベントを開きました。春日部の衣料店「RUDE‘S LOCAL SHOP」のデザイナーサトシさんと出会ったことから、地元での音楽活動が加速していきましたね。
撮影=Naoki Kaji
崇勲 毎年、群馬県で開かれているイベントに呼んでいただいて参加しているんですが、そのイベントが毎回、胸にグッとくるくらい感動するんですよ。地元の方だけではなく、他の地域からも人がたくさん集まっていて。普段あまり感動することはないんですけど、地元でもこんなイベントをやりたいと思いました。
―――なるほど。「カスカベーション」にはたくさんの来場があり、盛り上がっていましたね。今後、春日部がこうなったらいいな、というイメージはありますか?
TK 僕が小学校のころはロビンソン通りが栄えていました。人がたくさんいるにぎやかな感じを、また見たいなと思います。
崇勲 笑顔があふれるまちになったらいいなと。
―――(笑)。そうですね。
TK 音楽とか文化とか、エンターテインメントとかがもっと成熟してほしいと思います。みんな何かやると思ったら東京で活動する方が多いかもしれませんが、東京でやりながらも地元でも面白くできるっていうのがデフォルトになったらいいなと思います。
―――それはとても良いですね。
崇勲 人を傷つけることがないまちになってほしいです。
TK 完全に好感度取りに行ってますね(笑)。
撮影=Naoki Kaji
崇勲 特に目立ったものがないまちだったとしても、劣等感とか感じる必要なく、このまちからでも十分自分の夢とかやりたいことをいくらでもできると思います。
TK 右に同じです(笑)。ヒップホップは自分のルーツを大切にするところがある。それにのっとっているということだけではなくて、自分のルーツである春日部を大切にしたいと思っています。
崇勲 ここを離れちゃうと曲の内容も全然変わってしまうと思うし。
TK 他の方の曲で、札幌のことを歌っていて、札幌って楽しいまちなんだろうなって思って遊びに行ったことがあります。
―――お2人の歌を聴いて興味を持って、市外から遊びに来る人がいたら良いですね!
TK 「カスカベーション」では、市外から遊びに来てくれる方も多かったので良かったです。今後もイベントをやりたいですね。この状況なので、大きい場所で野外とかきちんと距離を取って気を付けながら、例えば大沼グラウンドとか広い公園とかでも。面白そうだなと思います。
―――そうですね!お2人とも、今日はありがとうございました。
取材協力=RUDE‘S LOCAL SHOP