近年大雨が降ると、「地下神殿が稼働しているから安心」「地下神殿のおかげで被害が少なかった。ありがとう」などと、SNSをはじめリアルでも話題になる防災施設「首都圏外郭放水路」。何となくは知っているけれど、実はあまり知らない人、もっと知りたい人もいるかもしれません。今回は、春日部経済新聞の記者が実際に施設内に入って撮影やインタビューを行い、施設の全貌に迫ります。
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インタビューしたのは、国土交通省関東地方整備局 江戸川河川事務所 首都圏外郭放水路管理支所 支所長の宮嵜佳雄さんです。
春日部経済新聞(以下、春経) 今日はよろしくお願いします。早速ですが、なぜこのような施設が造られたのでしょうか?
宮嵜さん よろしくお願いします。利根川、江戸川、荒川に囲まれた中川・綾瀬川流域は土地が低く、水がたまりやすい皿のような平地で洪水に悩まされてきました。洪水被害を軽減させるため、河道改修や調整池整備、浸水想定区域の公表、予報・警報システムの強化などともに、国道16号の直下に首都圏外郭放水路も造られました。
春経 実際に施設が稼働した際に水害が起きにくくなる範囲はどこなのでしょうか?首都圏外郭放水路という施設名から考えると、首都圏全般ですか?
宮嵜さん 中川・綾瀬川流域の範囲としては、北は熊谷市、南は三郷市や八潮市までの埼玉県東部と、東京都の足立区、葛飾区、江戸川区です。
春経 そうなのですね。首都圏全体かと思っていました。
流入施設①、立坑②④、トンネル③、調圧水槽⑤、ポンプ設備⑥、排水機場⑦、排水樋管(ひかん)⑧から成る施設。
中川、倉松川、大落古利根川、18号水路、幸松川の増水した河川水が、流入施設①から第2立坑~第5立坑の4つの立坑(たてこう)②に流入。トンネル③とトンネル内の水を調圧水槽へ流入させる役目の第1立坑④を通り、水の勢いを弱めポンプ運転を安定して行うための調圧水槽⑤に貯留され、排水機場⑦のポンプ⑥が稼働して排水樋管⑧を通り、流域外の大きな河川である江戸川へ排水する。
【全体の監視や排水ポンプをはじめとした施設を操作する中央操作室。平常時は無人。施設稼働時は、この操作室を含め最大8人で24時間体制になる】
1992(平成4)年に事業着手。2002(平成14)年6月に倉松川から江戸川までの部分通水を経て、2006(平成18)年6月に大落古利根川から江戸川までの全区間で通水を開始した。総工費は2,300億円。
【庄和排水機場ポンプ室:トンネルを通って流れてきた水を、調圧水槽からポンプ・排水樋管を通して江戸川に排水する。ポンプは4台あり、水の入り具合により使用台数を変える。稼働時は自家発電】
春経 施設は調圧水槽の見た目から「地下神殿」の名で親しまれています。いつ頃から、誰がそう呼ぶようになったのでしょうか?
宮嵜さん まだ一般の見学会などを始めていなかった2002(平成14)年ごろ、関係者の間で、59本の巨大な柱がある調圧水槽のことを「地下のパルテノン神殿」と呼ぶようになりました。そこから「地下神殿」という呼び名が一般にも浸透していったかたちです。最近は、防災の意識拡大をしていきたいと「防災地下神殿」と呼ぶようになりました。
春経 これまで、どの程度洪水の被害が軽減されたのでしょうか?
宮嵜さん 2002年から23年目では149回の地下貯留が発生し、うち81回排水機場が稼働しました。この施設がなかった場合の浸水被害軽減効果の費用を算出すると1,500億円以上になります。
春経 膨大な金額ですね!
施設の稼働状況 提供=国土交通省 江戸川河川事務所
【越流堤:川の水位が上昇し、越流堤の高さを超えると自然に流入施設に流れ込む。写真は第3立坑倉松川流入施設】
【越流提から河川水が入る取り込み口の除塵(じょじん)機:大きなごみが放水路内に入らないようにしている。写真は第3立坑倉松川流入施設】
【立坑内の河川水流入口。第3・第5立坑は、60メートル近く落下する水の衝撃を緩和させる渦流式ドロップシャフトという形状になっている。写真は第3立坑内】
【第3立坑内部を上から見た様子。深さ約70メートル、内径約30メートル】
【河川水は、地下鉄よりも深い地下50メートルにあるトンネルを通り調圧水槽へ。首都圏外郭放水路全体のトンネルは全長6.3キロに及ぶ】
【河川水をためる調圧水槽。地下22メートルの位置にあり、長さは177メートル、幅78メートル、高さ18メートル。1本500トンの巨大柱が59本ある。巨大柱は、水槽の周りにある地下水からかかる揚圧力により調圧水槽が浮き上がるのを防ぐ役目を果たす】
【調圧水槽の奥。河川水はここを通り、最後の砦(とりで)である羽根車(インペラ)へ。写真の奥に見えるのは巨大柱】
【調圧水槽の最奥にある排水ポンプの羽根車(インペラ)。直径3.7メートル、重さ約35トン。調圧水槽にたまった河川水は、羽根車で地下から江戸川へ排水する。羽根車は1分間に145回転。1秒間に25メートルプール1杯分の水を14メートル上にある江戸川へ排水する。庄和排水機場にはこの羽根車が4台ある。江戸川の水は首都圏の水源として、工業用水・農業用水のほか水道水として1000万人の飲み水にも利用されている】
春経 春経が稼働時などを取材したニュースを通して、リアルな施設の様子に迫りたいと思います。2019年10月の台風での大雨。こちらは、大雨や強い風などで大きな爪痕を残しました。このニュースは配信直後からかなり閲覧されていました。施設は世界からかなり注目を集めたタイミングでもあったのかと思います。
春経 この時は、10月12日18時50分から排水ポンプを稼働させ、増水した水を江戸川へ排出。排出した水量は1218万トンとなり、東京ドーム約10個分でしたね。
宮嵜さん 台風19号では、被害額で264億円の軽減効果がありました。
春経 被害も少なからずはありましたが、施設がなかったら大変な結果になっていたのではと思います。
宮嵜さん そうですね。施設への河川水の地下流入は、降雨による河川水位の状況次第ですので、夜間や早朝に対応することもあります。事前に連絡体制を確認したり、雨雲レーダーなどで気象情報のチェックをしたりしていて、特に春・夏・秋は注意しています。
春経 降雨は時間を選びませんからね。私たちが寝ている間に対応されていることもあるとお察しします。いつもありがとうございます。
宮嵜さん 近年は、日本の防災システムとして、海外のテレビ番組などのメディアから取材を受けることも増え、インフラツーリズムとして施設を見学する外国人も増えています。
(当時のニュースはこちらから→)首都圏外郭放水路 台風19号の影響により今年5度目の稼働
春経 洪水体制が終わった後、調圧水槽にたまった土砂は人力で撤去していると知り、驚きました。
宮嵜さん 川からの流入が終わり、調圧水槽にたまった水を江戸川への排水作業が終了した後、第3立坑の残水ポンプで倉松川の水位低下を確認してから地下に残った水を倉松川に戻し、調圧水槽やトンネル内の水が引いた後、清掃を開始します。
春経 河川の水位低下やトンネル内を確認してからの作業なのですね。
宮嵜さん そうです。土砂の撤去は、次の洪水体制や施設管理のためや、施設の見学会で、皆さまに安全に見学してもらいたいということから、水切りモップ、スコップなどを使って作業します。
(当時のニュースはこちらから→)首都圏外郭放水路、江戸川への排水終わり調圧水槽内の土砂撤去作業始まる(春日部経済新聞)
春経 年間を通して施設は稼働する可能性があると思いますが、どのようなタイミングで施設の点検をしていらっしゃるのでしょうか?
宮嵜さん 平常時に加え、特に川が増水しやすい6月1日から10月31日までの出水期に備えて、5月には、通常よりも細かな施設整備点検を行っています。
(当時のニュースはこちらから→)首都圏外郭放水路、整備点検し「出水期」に備え 防災のため情報活用案内も(春日部経済新聞)
【見学場所によっては、上記のようにヘルメット、ヘッドライト、ヒップウェーダー(膝上まである長靴のような履物)を着用する】
見学会のコースは全部で5つ。「大人気!地下神殿コース」「迫力満点!立坑体験コース」「深部を探る!ポンプ堪能コース」「見どころ満載!インペラ探検コース」「地下河川を歩く!アドベンチャー体験コース」がある。 ※施設稼働時はコースの一部が変更になる
春経 2018(平成30)年から防災ツーリズムとして施設の見学会を開いていますね。私も取材を含め何回か見学会に参加していますが、2025年4月から新たに公開された施設もありました。
宮嵜さん 新たに公開となったのは、調圧水槽から約3キロの場所にある第3立坑ですね。当事務所の若手職員をはじめとして連携している団体などと一緒に、観光として楽しみながら幅広い世代の防災意識向上につながる取り組みを検討しました。本年度から、皆さまが自分の身を守るため、災害についての知識や理解を深めて行動できるような、「災害の自分事化」をしてもらうことを目指していきます。
春経 災害の自分事化、ですね。どのような事から始めたらいいでしょうか?
宮嵜さん 国内では、洪水がたくさん起きています。自然の動きは読めませんから、必ず安全ということはありません。首都圏外郭放水路は洪水から皆さんを守っていますが、皆さんが自分で自分の身を守ることも大切です。家の近くで川があふれた時に、どこへ避難すればいいのか、避難の時に必要なものはそろっているのかなどについて家族で話し合ってください。見学に来ていただいた時には、この地域の特徴や、この施設がどんな工夫をして、洪水から皆さまを守っているのかなどを学んでもらえたらと思います。
春経 今回はありがとうございました。