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【インタビュー】春日部出身で元プロボクサーの内山高志さんに聞く。

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春日部出身で「かすかべ親善大使」の元プロボクサー内山高志さんに、春日部、ボクシング人生、そしてこれからについて聞いた。

一瞬にして好きになったボクシング

―――春日部育ちでいらっしゃいますが、どのような子どもだったのですか?

母が里帰り出産で長崎県に行き、長崎で生まれましたが、その後は埼玉県春日部市栄町で育ちました。一日中外で遊んでいて、夏は毎日クワガタを捕りに行き、古利根川や隼人堀川で魚釣りをしたりしていましたね。

―――元気な少年だったのですね。スポーツは何をしていましたか?

小学校時代は野球、中学校ではサッカーをしていました。ちょうどサッカーブームで、三浦知良さんに憧れましたね。

―――ボクシングに目覚めたきっかけは何だったのでしょうか?

テレビで見て面白そうだと思い、ボクシング熱がすごくなりました。辰吉丈一郎さんの試合だったのですが、かっこいいと思って、一瞬にして好きになりました。それからボクシングの番組は必ず見ていましたね。そして、花咲徳栄高校のボクシング部に入り、月曜から日曜まで部活でした。北春日部駅近辺や内牧などを走ってトレーニングしていました。プロになってからも帰郷した時は走っていましたよ。

―――第35代OPBF東洋太平洋スーパーフェザー級王者。元WBA世界スーパーフェザー級スーパー王者。世界王座の11度連続防衛に成功。日本歴代3位の記録を持ち、通算成績27戦24勝(20KO)2敗1分と、そうそうたる記録をお持ちですが、どのような思いを胸に戦い抜いたのでしょうか?

現役の時は、負けたくないというだけ。あと、練習をさぼったことが無いんです。練習はさぼったら弱くなると思っていた。そういう時だけはすごく真面目なんです(笑)。小学校の時、朝礼で皆でランニングする時間があったのですが、ゆっくり走ってもいいのに全力で走っていました。足が遅くなっちゃうと思って(笑)。

―――その気持ちがプロになってもあったのですね。

他のことは「まあいいや」と思うこともあるんですが、運動に関することはさぼれないんです。ジムで練習している時とか、ほかの人がさぼったら、何でさぼるのかと不思議に思っていました。やりたくないなら辞めたらいいのにと思っていましたね。

週7日励んでいた練習

―――頂点に立つとすごくプレッシャーがありますよね?

ありますよ。自分だけでやっている時は良いですけど、スポンサーがついてくれたりすると、「応援してくれているのに負けられない」とか考えていましたね。

―――プレッシャーに押しつぶされることとかはなかったのですか?

なかったです。メンタルは強い方だと思います。試合に対しての緊張はほとんどなかったですね。アマチュアの時は「負けたらどうしよう」とすっごく緊張していましたけど…。

―――アマチュアのほうが緊張したのですか?

そうです。プロになったら全く無かったですね。覚悟があったからかな。世界チャンピオンになることを目標としてプロになったので、世界チャンピオンにならなきゃだめだと思っていて。世界王座を11回防衛しましたが、「負けたらしょうがない」と思っていました。

―――「負けたらしょうがない」ですか…。

だから緊張は無かった。練習はとにかく誰よりもやっていましたし、これだけやって負けるならしょうがないと。ほかの選手たちの中には「ただでさえ強いのに誰よりも練習しているから(内山さんに)勝てるはずがない」と言ってくる人もいました。「でも勝つだろう」と思っていましたけど(笑)。これだけやっているのだから。

―――一番の挫折は何だったのでしょうか?

拓殖大学に入学しましたが、強いボクシングチームだったので、僕は10人中の下から2、3番目でした。相手にされずに同級生の荷物持ち。だからそこからは練習するようになりましたね。

―――内山さんが荷物持ち…想像できません。

すごく悔しくなって、気合いが入りました。17時30分から練習して、練習が終わってから走りに行っていました。遊びに行かずに練習。日曜は大学が休みなので、高校に行って練習。週7で練習していましたね。

世界チャンピオンを目標にプロの世界へ

―――練習が終わってから練習…タフですね。

4年生の時、ボクシングを辞めて就職しようと思い、就職先も内定が決まっていたのですが、その後、大学最後の大会で試合に出たら優勝しちゃって…全日本選手権でチャンピオンになりました。周りから「続けてみれば」と言われて。1年間続けたら次の年も優勝したりして…だったらアテネオリンピックを目指そうと思って続けました。

―――人生のターニングポイントは何ですか?

アテネオリンピックのアジア予選で負けて、ボクシングを辞めようと思いました。もう限界かなと思って。仕事をしていましたが、知り合いなどのプロボクシングの観戦にはよく行っていました。試合を見ているうちに、自分は何となく仕事をしているのに、リングで戦っている仲間を見て恥ずかしくなってきて。「こいつら頑張っているのに、自分は何となくやっている」と。人生もったいないと思って、8カ月で戻りました。

―――再びボクシングの世界に戻ったのですね。

世界チャンピオンを目標にプロの世界に入りましたが、好きなことだから絶対負けたくないと思っていました。25歳でプロになり、楽しかったですが将来の不安はありましたよ。タイトルが獲れなかったら、その後、就職できないかもしれないし、崖っぷちだと思って…。

猫が大好き

―――2017年の引退後は、テレビでのボクシングの解説やフィットネスジムのオーナーとして活躍されていますが、これからの活動について教えてください。

やりたいことは一杯ありますね。まずは春日部のフィットネスジムも盛り上げていきたいし、50歳くらいで猫カフェをやりたいと思っています。

―――猫カフェですか(笑)

猫が大好きなんですよ。今2匹飼っていますが、なつかない。でも、そこが良い(笑)。ツンデレが好きなんです(笑)。思い通りにならないところとか。

―――意外な一面です(笑)。最後に春日部市民に向けてメッセージをお願いします。

体を動かして健康になりましょう。年を重ねても自分で動けるように。最近静かな子どもたちが多い気がして、「体動かそうよ」と思います。元気な子どもたちが見たいので、小学校の課外授業などで体幹トレーニングとかボクシングとかと楽しみながら一緒にできたらいいなと思っています。そしてやっぱり、春日部は地元なのでにぎわっていてほしい。春日部自体も盛り上げていきたいです。

―――お忙しい中、どうもありがとうございました。

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